2013年02月16日

違和感

チョイと前の記事での楽天の三木谷の製造業を政府は助けるなという感じのインタビュー。

僕は違和感を覚える。

流通業は製品があってこそ成立するのでは無いのか?確かに製品が良ければ国産である必要はないのというのだろう、安くて高品質であれば何処の国の製造品であっても関係無いというのだろう。

でもねぇ何かこの流通業は製造業より偉い感が何か違和感を感じないだろうか?

モノなんて海外の安い人件費の場所で作れば良いのだよという偉そう感を感じないだろうか?

流通でしのぎを削る俺達こそが仕事をしている、流行を生み出し、新しい金の仕組みを作り出す事こそが大事なのだ、単にモノを作っているだけの者達なんか代わりはいくらでもいるという感じの違和感を僕は感じるのである。

確かに新しい仕組みを感がえる事は素晴らしいとは思う、だがコツコツとモノを作り続ける事が駄目という事ではない、むしろその下支えが有る事で社会は崩壊せずに済んでいるのにそれを忘れがちである。

製造業は流通の仕事が無くても儲けは大幅に減るし効率は悪くなるが成立するが流通は製造業がないと成立しないのだ。その事をわかっているのか?

また海外に全ての製造業を移転した場合に全ての国内の労働者を楽天は雇うという事なのか?
雇わずにそれらの人が失業した場合に楽天の売り上げは下がるのではないのか?

あまりにも無責任な感じがするのである。

雇用が崩壊しようが、国が崩壊しようが、自分の会社が利益を上げ大丈夫ならば周りが焼け野原になろうが、失業者で溢れようがお構いなしに思えるのだ。

人の業なの?

自分達は国の恩恵も無く自分達の力だけでこの企業を立ち上げ利益を出しているのだという勘違いが此所にあると思うのだ。

色々な社会の仕組みがあってこそ生まれている利益というのを忘れがちなのである。学校教育だったり、インフラ整備だったり、政治の仕組みだったり、文化振興だったりで日本の風土、風習等が作られその結果それにあった利益を生み出す仕組みが生まれているのである。

社会の仕組みが変われば今までの成功方法が通用するとは限らないのだ。

楽天が通信インフラ、道路等のインフラ、宅配便の仕組み、インターネットの仕組みまで作ったとでもいうのだろうか?影響を与えた面があったとしても過去からの積み重ね、国の動きがあってこそ今の基礎があるのだ。直接国から金が出ている訳では無くても色々と国からの援助があるのと同じなのである。

自分を取り巻く世界と社会にもう少し謙虚にならなければ駄目だと思いますよ。
posted by mouth_of_madness at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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