2013年03月24日

トランペットが足りない

アニメの主題歌やヒーローモノのテーマソングを聴いていて思う、最近の作品はトランペットが足りないと思う。いやトランペットに限らずホーンセクションが足りない様な気がする。

これって音楽の作り手がそれらのアレンジを良いと思っていない世代になったのだろうか?その可能性はある、音楽の作り方がMIDI等によりコンピュータベースになり此等のアレンジがカッコ良くなり難いのではないか?今でこそサンプリング等でホーンの音は良くなったが初期のシンセ等で作られたホーンは違うモノ、異質なモノだったのである、その過程でそれらのセンスが失われたのではないかと思う。

また昔のテーマソングを書いていた人はクラッシック畑やジャズ畑の人が多かったのではないかとも思う。進駐軍相手のジャズ等の流れから自然にホーンが馴染んでしまったのである。

今はテクノ等の打ち込み系の流れから入っている人が多いのではないか?YMOからの流れで打ち込みとサンプリングの民族音楽的アクセント等で無国籍な響きを出すといった事はお手のモノという感じがするのである。

ザックリとした音楽的流れはこんな感じではないだろうか。

だがもう一つ別の理由を考えてみる、勧善懲悪のアニメが減っているその流れがホーンセクションを奪っているのではないか、インパクトが強すぎる為に微妙な心理を描くアニメや学園生活のモヤモヤ、ウハウハ等を描くのには不向きになっているのではないだろうか。

時代や視聴者が単純明快な答え、熱血を気恥ずかしい子供じみたモノと考えているのである。

更に勝手な妄想をしてみる、左翼的教育によりトランペットの音=進軍ラッパ=軍国主義といった変な連想ゲームがあり封印されていったのだ、子供の情操教育から排除されていったのである。

昔の漫画を見ればわかるがまだ「紫電改のタカ」「大空のちかい」といった戦記モノ漫画とかがあったのだが子供が読まないというのかもしれないが封印さたが如く今は消え去っているのだ。

編集者は時代にそぐわないというのだろう、しかし非難や抗議が来るかもしれないモノをあえて連載する必要はないという考えなのではないだろうか。

主人公を日本人にしてバトルモノにすれば戦争を肯定する感じがどうしても出てしまう、かといって主人公をアメリカ兵や中国兵にするというのなんか違うという感じだしね。

そんな感じでトランペットも封印されてしまったのである、今に甲子園の応援のブラスバンドも学ランの応援団も封印されてしまうのである。
posted by mouth_of_madness at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック