2013年03月28日

戦闘的民主主義

戦闘的民主主義、なんだこりゃである。

民主主義の為には言論弾圧も辞さぬという考え、ヘイトスピーチはイカンという事で行おうという行為。

確かにねぇ酷いヘイトスピーチはイカンという気持ちはわかるし、言論の自由だからといって何でも言って良いというモノではないとは僕も思っているけどね。

それでもねぇこれはチョイとやり過ぎだと思うのである。

明らかに政治的な思惑が見え隠れする感じがねどうにも気持ちが悪い。安易に政治家が絡んでいるのがよろしくないね。(有田芳生とか)

一度これを許すとねドンドンと枠組みを狭めて行く事になるのでは無いの?都合の悪い事を言うとこれはヘイトスピーチだから取り締まれとなる可能性は非常に高いと思う。

政治家はその辺もっと敏感でないとね、いやヘイトスピーチにも敏感である必要なのは確かだけどどうにもその対策法がどうにも言論弾圧というと政治家として思考停止しているよね。

理由無く怒っている訳では無いのだから、言葉の拙さはあるにしても其処まで怒る理由をもう少し真摯に受け止めるべきだと思うのである。何で此所まで怒ったのか政治の駄目という理由があるというのも含め考えるべきでは無いのか?

ネウヨは社会的弱者という事はヘイトスピーチじゃないの?マスコミ等はネウヨと差別し愚弄するけどそれが大丈夫な理由は何なのか?死ねとか、殺せとかでなければ良いのであれば抜け道はナンボでもあるし、シバキ隊のデモ隊に対する脅迫的なモノが許されるとしたらこの特権感は何なのである。

本来は両方を同じ土俵に上げ討論なりなんなりさせ問題を明らかにする事なのだ。

気に入らない事を言ったから言論弾圧をしていたら何処の独裁政権だという事になる事をわかれ。

僕はナチスの事を封殺する考えもどうにも納得がいかない、全てが本当に断罪される程の悪だったのか自国の人間にまで封印される程の悪だったのか?

支持した国民にその罪は無いのかナチスを封印するだけで解決すると考えているとしたらそれはおかしいと思うのだ。

臭い物に蓋をするその挙げ句発酵し爆発するのではないか?その時の爆発はとてつもない。
posted by mouth_of_madness at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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