2013年04月24日

国益

麻生副総理の靖国参拝について色々なメディアや人々が国益を損なう事をするなと言う。

行って損なう国益と行かなくて損なう国益があるという事をわかっていない感じがするのは僕の気のせいだろうか?

次のステップとしは行って損なう国益と損なう国益を金銭ベースで考えて行って損なう額が大きいから駄目だというのだろう。

でもねぇ本当の所は損なう国益の額なんか全くの空論で見積もっているのだ、未来に対する損なう国益の額なんか誰にも予想できる訳なんか無いのだ。

また周りを怒らせない事が大事だととか中途半端な倫理を振りかざし偉そうな事を言う、周りが怒るからといって何でも我慢するのが大人の対応?怒るといえば何でも意見が通るというのが大人ならばそんな世の中、大人はクソである。

強請れば何でもOKとかしていると今に身ぐるみ剥がされるのだ。

冤罪に対して頑張るのは大変だと思う、何年も無実を訴えて続けるのは色々と不利益を被るだろう。罪を認めれば楽になれるかもしれないだが罪を認めた時点で全てが駄目になるのだ。

そして一度認めた罪を晴らす事はもっとコストを払う事になる。

旭日旗に関してもガンガンと世界各国に対してアピールしていかないと取り返しのつかない事になる、出鱈目に塗り固められ犯罪の国のレッテルを貼られる事になる。

シーシェパードにしてもそう、大した事は日本はして来ないとわかっているから延々と寄付金を稼ぐ為にちょっかいを出してくる。何もしない事で日本の印象は悪くなっているのだ、正当な理由があるのならば怒るべき時には怒らなければ駄目だ。

蓄積された誤解と蓄積された怒りは衝突し取り返しのつかない事になる、理性的に誰もが情報を集め公正な判断をしてくれると思うのは甘い考えである、自分達に関係ない大して興味の無い事に関しては「へーそうなんだ」と鵜呑みされてしまうのだ。

嘘だったとしても自分にとって問題の無い事であればそのまま放置されるのである、理性が有ったとしても時間は有限、全てを調べる時間はない。また嘘だったとしても延々と抗議されたりすれば面倒臭い事になればどうでも良いと思っている事に関しては人は簡単におれてしまうのだ。

とやかく言われる筋合いがないモノに関しては胸を張り堂々とする、それが第一歩、相手が諦めるまでやり続ける事しかない。

嘘に関してはドンドンと訂正していく地道な作業しか無いのである。
posted by mouth_of_madness at 22:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 国として、毅然とした態度をとらない事が誤解を大きくし、
取り返しのつかない、大きな国益を損なう事にも発展する。
 経済より、在らぬ誤解の方が最も国益を損なう。
Posted by ゆっきー at 2013年04月25日 13:33
どうもです。

自己主張のしすぎは日本ではカッコイイ事では無いけれど、スジの通らない事を受け入れるという事はもっとカッコ悪い。

飄々と受け流しながらも自分の主張を通すセンスを持って欲しいものです。
Posted by 管理人 at 2013年05月01日 23:05
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