2013年05月19日

弱者の暴力

被害者意識だの障害だのといった事を人権というオブラートに包むと微妙に触れてはいけない様な嫌な空気が醸し出される。

悪くいってはいけない雰囲気が簿妙に手足を縛るし、口を塞いでしまう。

弱者が全て正義なのか?全てが保護しなければ駄目なのだろうか?

人の善意に甘えすぎているという事は本当に無いのだろうか?様々ハンデがあって想像もしない苦労は有るのかもしれないが何時何処でも無制限に甘えて良いという訳では無いはずだ。

其処まで甘えていないとというかもしれないが、こうしてくれる、此所までは常識的には大丈夫な筈という線引きを保護される側と周りの実作業をしない人が決めているのだ。

実際にその作業をする人の事情なんか全く考えられていないのである。

人として面倒をみようと考えていても何でも大丈夫という訳では無いのである、日頃は大丈夫な事も状況によっては駄目という時もあるのだ。呆けた親の面倒をみきれなくなって殺してしまう事もあるのだ、人には限界があるのである。

相手の事情を考えず一方的に不満を第三者にぶちまける、周りも同意してくれるだろうという甘えでぶちまける。いや同意しなければ自分も悪者扱いされるという恐怖感すら意識的か無意識かはわからないが利用しているのである。

差別主義者だの人権無視だの、優しくないだのといったレッテル貼られる事は実に恐ろしい事だからね。

対等に扱うこれこそが人権の基本の筈である、ハンデの分を使い優位に立つこの暴力的人権の考えを無くさなければ世の中おかしく成るのである。

世界は余力以上を期待されても無理なのよ。生活保護にしても年金にしても税金等でフォロー出来る状況でなくなれば切られるのだ。面倒をみる事が出来なくなれば優先順位がつけられる筈だ、誰もが平等に助けられる事はない。飢えて死ねという決断が下される事になるのである。

平等でありたい、人権を守りたいという気持ちがあっても余裕がなくなればそれは壊れるのである。

そして現在の労働している者が生活厳しく、生活保護の人の方が生活がそれよりも楽になる、そんな馬鹿な事がまかり通る様な状況はおよしなさいという事だ。

僕は悪人か?
posted by mouth_of_madness at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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