2013年05月26日

何を言うのも自由?

何を言うのも自由なのかもしれないけれど何でも記事にすれば良いというモノではない、わかっていない者が語る危険性をもう少し真摯に考え記事にして欲しいモノだ。

若者とかネット民には失笑の的の大前研一のシムシティは凄い日本のゲーム業界は終わったと言う発言。

ゲームの事を何もわかっていない発言でゲーム業界を語る、オッサンとかにまだ影響が有る可能性が有る大前研一が中途半端な事を語る事で悪影響が起きる危険性を記事にする人はもう少し考えて欲しいのである。

売れる、売れない、面白い、面白く無いというフィールドで予算、スケジュールと戦いながらゲームを作っているのだ、安易に自分が偶々みたゲームでゲーム全部を知っているかの如く語るのは止めてもらいたい。

またシステムが複雑なのが凄いゲームとという考えが実に薄らサムい。

複雑なモノを複雑に描くそれって行き着く先は単なる現実になるだけでマシンパワー等があがっていけばいずれ可能になる様なモノなのだ、確かに大変な現実のプログラムへの落とし込みがある。

でもこれって映画でいうとドキュメンタリーですよ、人の興味を誘う良い題材をさがしだし作られたモノである。

だがもう一つのジャンルがあるのだフィクションで楽しませるというモノだ。

映画というくくりでは同じでも此等は違うモノなのだ。

ゲームもリアルを追求したシミュレーション、トコトンシンプルに抽象化した様なパズルゲームといった様に単純に比較出来ないモノなのだ。それを安易な視点で日本のゲーム業界は駄目だという、パズドラなんかの月々の売り上げだけで考えたらトンデモない利益をたたき出しているのだ別の視点から見えればこれも凄いと言えるのではないか?

なんかズレズレになっているけど。

単純な一側面しかみずに安易に日本は駄目だというのはチョイと記事としてはどうなのと思う。

ガラパゴスと言われる事もどうなのと思う、別の視点で独自進化を進めて行く世界的ではないかもしれないから売り上げ的には世界規模で売るモノと比べたら見劣りするかもしれない、だがその独自進化したモノが駄目というのはあまりにも頭が悪い事なのだ。

トコトン突き詰めればそれは新たなる魅力を生み出すのである、浮世絵とかがヨーロッパにインパクトを与えた様にね。

確かに第三者の意見は大事だとは思う、その業界にいる者の意見だけでは見えなくなる部分が有るからね、でもその意見だけでは間違った方向に読者を誘導してしまうのだ。両論併記的に別の視点の意見、考えも提示するべきである。

勝手に終わっているといわれても困るのよ、日々面白いモノ作ろうと足掻いているのだから。

色々なモノはいずれ終わる、ゲーム業界も今までのビジネスモデルでは駄目な状態になりつつ有るのも確かだ、その流れに逆らう者、積極的にその波に乗る者、新規に参入して来る者とその変革に対して様々な思惑が渦巻いているのが実情なのだ。

潰れる訳にはいかない、火を絶やす訳にはいかないと様々な対策をしているのである。

だからもう一度言うよ、勝手に上から目線で駄目だと言うな!!
posted by mouth_of_madness at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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