2013年05月31日

バリアフリーと児童ポルノ

障害者等に優しい社会を作ろうというバリアフリーと児童ポルノ規制、突き詰めれば同じ様なモノである。

自分で考える事しなくていい様に社会ルールを作るという面では同じ様なモノなのである。

それにしてもバリアフリーという考え露出狂かと思ってしまう、全ての垣根をとり払おうという考え実に薄気味悪い。

世の中には垣根が僕は必要だと思う、ある種の危険回避の為にも、心の平穏を守る為にも、不必要な衝突を避ける為にも適度な効率化の為にも必要なのだ。ガチガチ過ぎると閉塞感に溢れてキツイかもしれないが適度な障壁は必要なのである。

誰もが自分が其処に入れない事を差別だと言いだしたらどうなるのか?

別に障害者を差別しろと言っている訳ではないのよ、世の中は適度に壁がある事で上手くいくという事を言いたいのである。

障害者でなくてもドレスコードで仕分けられたり、一見さんお断りや身長制限、体重制限、学歴、知能といった事で色々と仕分けされているのが世の中なのよ。

貧乏で仕分けられ、センスで仕分けられ、交友関係で仕分けられていても別にそんなに問題にする事無く割り切って日々生きているのである。

自分の置かれた状況、状態を考えて対策等を考えているのである。

バリアフリーになればそれらの事を考えなくなったら人は何処までおかしな事になるのか?適度なストレスが人生の彩りになっているという事を考えないのか?其処に入れないから差別といいだしたらキリがないし、誰もが踏み込まれたくない領域を持っているのだ。

児童ポルノについても規制をすれば終わると思っているのであればあまりにも甘い、その性癖のモノが地下に潜るだけで何も解決しない、もうこれで安心と思い込んでしまう安易な解決策でしかない。

規制されていても本番風俗は存在しているし、奇妙な抜け道でパチンコ等の賭博は日常的に存在している、ヤクザすら規制出来ないというおかしな状況も存在している。(なんか異様に脱線している)

バリアフリーにすれば差別がなくなる、心根に差別の芽が有ったしても無いと思い込んでしまう、児童ポルノも同じ、海外に対策をちゃんとしてますよ言いたいでけ。

海外から女性の人権という事を言われて色々と行った事で本等にいい世の中になったのか?良くなった面はあると思うけどトータルではどうなの?

雇用対策等をして自己満足しているだけではない、セクハラ、痴漢等も会話の壁を作ったり冤罪を作ったりしていないか?疲れるからといって草食男子を増やしていないか?少子化に拍車をかけていないか?失業者を増やしていないか?

法で基準を作る事で思考停止している結果だと思う。

必要なのは法ではない、考える為の議題を提供し続ける事なのだ、思考停止しているから憲法改正論議に対してヒステリーを起こす事になる。

法律、憲法だけで世の中は良くならない、考え自分の美学を作るそれこそが社会を変える。

法で縛るバリアフリー、それって何の悪趣味なギャグだと思うのである。


最低限の法で後は人が物事を歴史が積み上げた道徳感で考える、それこそがバリアフリー。

何かズレズレ・・・・・
posted by mouth_of_madness at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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