2013年06月17日

贅沢

人は時間から自由になろうとしていたのではなかったのか?

日々生きる為に安定的に食料を手に入れる活動から解き放たれたかったのではないのか?色々な事をやる為に寿命を延ばしたかったのではないのか?

でもいまだ人はそれらを達成できていない様な気がする。

結局はひたすらご飯を食べる為に働いているし、延びた寿命の為の貯蓄にせいをだす。それに余暇に何をやってよいのかわからないと困る人々。

何かをやるにしてもこの世はお金がかかったりする。

結局寿命が延びても、食料が安定して手に入れる事が出来る様になっても人は楽になってはいないのだ。

それは何故か?

人は実は貧乏くさいのである、足るを知らないのである。

何処までも貯め込もうとするし、無駄に使う事に非常に抵抗をもってしまうのだ。

時間を無駄にしてはいけないというけど何で無駄にしては駄目なのか?ゴロゴロしていては駄目という理由は何処にもない、自分を高める事をしないと駄目な理由なんてないのに無駄にするなという教え等に囚われてしまうのである、というのも嘘だと思う。

多分人類の機能的に何かをやらないと気が済まないのである、エアキャップを潰したり、枝豆を押し出してみたりといった単純作業を何となく辞められないが如く、カラスが光モノを集めたり、モズがとりあえず早贄を作って忘れたりするが如く避けられない機能が人間にあるのである。

頭ではわかっていても身体がわからないのである、それが貧乏くささを生み出すのである。

お金を貯めるのも同じ、何か暇になる事に抵抗を感じるのも同じ。

パッとお金を使う、何もせずに時間を浪費する贅沢、それを出来る立場になってもやらないおかしな人々。そのせいで理屈で作った経済が停滞してしまう、潜在的貧乏くささをその仕組みに入れない限り停滞してしまうのである。

贅沢出来る人はジャンジャン贅沢するべきですよ、悪い事じゃないから、むしろいい事だから。
posted by mouth_of_madness at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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