2013年07月18日

おかしいと思わないと駄目です

天変地異が起きた訳でも、飢饉が起きた訳でもないのに自ら作り出したシステムによりご飯が食べられなくなる。

これをおかしいと思わないのは駄目よ。

経済の為の労働という感じになっていて実に具合が悪いのである、その挙げ句まともにご飯が食べられなくなってしまうとかってどう考えても正気ではないのだ。

更にその経済システム、為替だの株価だのに翻弄されて景気の悪化だの好景気だのバブルだのとコントロール不能に陥ったりする始末。

近代の経済システムにより本当に社会は便利になっているのだろうか?実際はそれにより虚業家等を生み出す土壌を作り出しただけではないのか?

そのシステムがあるから開発費等の未来への投資も出来るし、モノの価格等を考える必要もないからその程度の問題は大した事ではないとでもいうのだろう。

経済を考える人、経済の効率化を考える前に人の生活という事を考えて欲しいと思う。経済の効率化が人の生活のクオリティを上げるのであれば良いと思うのだがどうもそうではない。単に数値を上げる事に終始している様に思える。

多分経済の勉強をしている人はそんな事はないというとは思うけどね。

しかし実際の現象面を観れば人の生活を徐々に寂しいモノにしている感じだ、格差と失業者を生み出し、人を生活保護等で囲い込む。

何処に人生のクオリティアップ化があるのだろうか?むしろ劣化していないだろうか?

安く美味いご飯が食べられる、安くハイテク製品が購入出来る、使用できるこれらは経済システムにより生み出されたモノかもしれないけれどそれが生み出す影の部分により人間の尊厳が失われていくのだ。

効率化を上げピーキーな状態にするというのは影をより濃くする事になっているのだ、もっと薄らぼんやりした感じで良いのにハイライトの部分を過剰に眩しくしようとする。

極端に派手なモノにし落ち着かない生活をしようとする、もっとグラデーションがあっても良いのにね。白黒の2値化より、明るいグレーとチョイと暗いグレーのグラデーション、トータルではやや明るめの社会、一億総中流が良いのだ。

それなのにピンスポ。

競争するのは悪いとは思わないけど負けたらお終いという緊張感の中で生きるのは大変ですよ。その緊張感に誰もが堪えられるという訳ではないのだ。

程々と融通が利くという感じ、システムに使われるのではなく、コントロール出来るシステムを使うのですよ。仕組みがわかっていないからああでもない、こうでもないと学者がまだ理論を構築中のモノに社会を任す、どう使うべきかを考えている段階のシステムをいじくり回しながら使うってチョイと無謀だと思うよ。

良く仕組みがわかっていないモノをコレは良いモノだという思い込みで使う事のおかしさを感じないのは駄目ですよ。


何度も何度も同じ様な事を僕は書いているよね。恐ろしくワンパターンだよね。

新しいシステムを考え出せればそれを提示して終わりだと思うのだけどね、済みませんまだ思いつきません。
posted by mouth_of_madness at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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