2013年07月24日

感染創世記・アイ・アム・ザ・ヒーロー in US

これまた異様に退屈で気が遠く成る様なゾンビ映画。

メイクとかはそれなりに観る事が出来るのだが兎に角ツマラナイ、果てしなくツマラナイ、途轍もなくツマラナイというグダグダな出来の映画である。

この手の映画につきものの睡魔が中々手強かいのである、暑い夏に観ると変な悪夢を観る事が出来る事間違いなし。

そしてドキュメンタリーを撮るよという感じのカメラが偏頭痛を引き起こす、変な乗り物酔いみたいな感じで嫌な頭の痛さが次の日まで残りました。きっと腕の良い弁護士とか訴訟屋ならば訴えて賠償金を獲れるかもしれないね。

インタビューとゾンビ退治で話を回そうとしている、良くあるタイプの作りなのだがそのインタビューが実に面白く無い、緊迫感のある状況、戦場は人間を狂気に変えるという感じにしたいのだろうけど何も訴えて来ない位に空虚な感じなのである。

戦場をわかっていない取材者と地獄を見て人間性を無くした兵士、ヒーローの真実というのを描こうと志は高かったのだと思う。

だが物語の大半を描くインタビューや会話がその志を満たすだけの技量に達していないのである。だからひたすら眠くなる、なんかもっともらしい会話が入っているだけで何にも来ないのだ。

じわじわ来る事が無いのだ。

内容が飛躍し過ぎても駄目だし、離れ過ぎても駄目なのである。

この手の映画確かに低予算で造るのには適していると思う、だがストーリーという大きな流れがない為に余程の技量が無いと成立しないのである。

作る人は良いドキュメンタリー、インタビュー集を観てもっと勉強するべきだと思う。この状況ならばこういう事をいう筈だとしっかりとシミュレートするべきだと思う。むしろ言いたい主旨とズレていたとしてもこの状況なら言うよねという真実実の方が大事なのだと思う。

それ位に会話に拘るべきなのだ。

低予算で見応えのある映画にする為にもシナリオに力を入れるべきなのだ、世界の拡がりを感じさせる会話が作れれば勝ちなのである。

特撮なんか無くても傑作に成るのだ。
posted by mouth_of_madness at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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