2013年12月14日

経済学

ウチの近所のスーパー(以後Aと記す)の向側に新しいスーパー(以後Bと記す)が出来た。

商品の量、価格等をみるとBの方が勝ちそうである、古くからあるAはかなりの苦戦を強いられるだろう。

かっては日本各地で地元商店街とスーパーの戦いがあり商店街はかなりの頻度で負けていき衰退していったと思われる。

実家の牛乳屋も同じ様に廃れていった、大量仕入れにより価格競争に敗れ、牛乳は配達ではなく店で買うというのが当たり前になってしまったのである。

ハンバーガー等のファーストフードにもしてもコンビニにしても競合店がしのぎを削り商売をしている。

その競争によって価格や利便性等が進み客の立場としてはいい事なのかもしれないが、その商売をしている敗者にとっては死活問題なのである。

いや扱う商品が完全コンパチではない為に客にとっても潰れる事によってデメリットはあるのだ。

生産者とかにもそのデメリットを受ける可能性がある。

色々な関係性の上に社会は成り立っているのだ、民主主義的に多数が支持する者が利益を総取り、消費者を管理していく状態、一極化する事により効率化は図れるが何か問題が起きた場合に選択肢が無くなるのである。

世の中に一つのスーパーチェーンが無かった場合に其処が食品偽装等をした場合にどうするのか?また一つになれば競争が無くなり質の低下等も考えられる。

ドンドンと淘汰が進むとそうなる可能性があるのだ。

ひたすら競い合うことで社員等の疲弊もある、いや偽装等もその競争の結果かもしれない。

また潰れた側の社員を吸収し雇用の維持がある訳ではない、増える客を処理する為に多少は社員を増やす事は有るだろうけど全部を雇う事はないのだ。

直ぐ其処に危険が隠れているのだ。

いい感じの共存を考える経済学はないのか?価格競争等で疲弊しながら進んで行く最適化を語る経済学にどれだけの意味があるのだろうか?

安さは正義か?いや違う適正価格をはみ出た価格は歪なモノなのだ。

アマゾンとか楽天とかによってまた様々商店が潰れていく、それらを利用している僕が言えた事ではないが程々という事を考える事も大事だと思うのである。

人間は兎角極端に走りバランスを失いがちのよ、長生きしたい、個人の自由を謳歌したいその結果の少子化だったり年金破綻だったり、社会の若さを無くしたりと。

経済も同じ自由競争を邁進、様々な効率化で、保護対策が疎かになり何処かの景気悪化が世界をグダグダにする、格差を増長させる。

効率化の果てに貧しくなり、効率化を享受出来ない、効率化で価格が安くなっても給料が減れば何にも状況は変わらないのよ、生活出来る様にする事で暴動が起きていないだけ。
posted by mouth_of_madness at 21:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
経済学を勉強すれば、自分がどれだけバカなことを書いているかわかると思いますよ。

「市場における自由競争が、資源の最適な配分を実現する」というのが、経済学における最大の発見です。
もちろん、一つの企業に市場が独占されてしまっては競争が実現しませんので、それを防ぐために「独占禁止法」という法律があります。

どうしても、自由競争が嫌だということであれば、中国や北朝鮮などの共産主義国に亡命するという手があります。
中国はすでに実質的な資本主義国ですから、北朝鮮あたりがおススメですね(笑)
Posted by ADlab. at 2013年12月14日 22:07
どうもです。

馬鹿な事は重々承知です、ですが世の中をみて最適化に動いていると思えないという実感があり、最適な配分というのに問題があるのではないかと思う訳です。

資源の配分が最適化されるだけで本当に社会は安定するのか?資源の配分という一側面だけで社会を考えて良いのか?

自由競争と共産主義という両極端に振れるのは僕の考えではバランスを欠いていると考えます。

自由経済に問題を感じたら共産主義を選べというのはあまりにも暴論では無いでしょうか。

別の方法や中間に良い塩梅の経済があるのではないかと妄想するのです。
Posted by 管理人 at 2013年12月15日 21:56
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