2014年05月15日

もう一つの世界

技術の進歩は人の幸せを増やす、技術進歩を否定するのは間違っているという意見がある、今インターネットが無くなったらとかエアコンが無くなったらとかを例に出し技術の優位性を訴える。

確かにその利便性を味わった状態でそれが無くなったらと考えた場合にはそれは厳しいと思うだろう、だがそもそもその利便性が無い状態のままであればそれ程の苦痛ではない筈である。

良くなった部分もある、だがそれにより生じた新たな問題もあるというのが実情なのだ、現代人より江戸時代の人果たして不幸だったのか?

現代人は当時殿様とかしか楽しめなかったような美食等を楽しんでいるから素晴らしいとかいうけれどそれもねぇ人生の満足度という意味ではどうだろうと思う。

快適、便利、長生きも出来るという事が一概に幸せと僕にはどうにも思えない、これといった問題もない、これといった幸せもないそれが延々と続く事を素晴らしいといえる?

常にハレの日が続けばもうそれはハレの日ではないと思う、人は喜びを相対的にしか感じる事が出来ないのでだ、エアコンが無い頃は扇風機でも喜びは凄かったのだ、それが無い頃は団扇でも、自然の風でも喜びを感じる事出来たのである。

電話でも手紙でもそう、ネットで早く連絡を取れる事に幸せを感じる事もう常態化し何の多幸感もない。

目先の技術力で安易に解決出来る不幸を解決していく、そうしていく事で得体の知れないストレスが人を蝕んでいる、便利になる事に疑問を思わないのは何か麻痺しているのである、その便利の裏に隠れている問題が人にはわからないのである。

有った未来と無かった未来それらを比較する事が出来ないからである、有った事による便利成分しか判断出来ないのが人間の問題なのだ。

それらのテクノロジーを維持する為に馬車馬の様に働かされる、二四時間休み無く働く、大量のエネルギーを使う為に原発等を使う、色々とすり減らしながら作った作品はあっと言う間に消費される、ツマラナイと罵られながらも作り続けられるテレビ番組、新聞、雑誌、映画、音楽、其処に疑問を持つべきだと僕は思う。
posted by mouth_of_madness at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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