2014年05月24日

権力者

単に人を支配する事に生きがいを感じる馬鹿になるのはなんで?

格闘家等がどっちが強いか、雄度を比べるのとどうにも訳が違う、俺の方が優秀というのアピールしたいのかもしれないけれど集団が大きく成れば結局は中間に管理職を置く事になり本当に自分が優秀なのかわからなくなる。

それをチョイスしているから、それらを使いこなしているのだから俺の優秀さは揺らがない?

そう思っているとしたらやはり馬鹿だと思う。

シンプルに力に憧れるという本能ではなく色々と思考や知識を得た結果による価値観である自分のエゴをコントロール出来ていない者がそれを自慢しているという恥ずかしに気がつかない所が実に滑稽であるのだ。

与えられた力を自分の力と勘違いしているのだ、いや実際には単に奪い取っているだけなのよ、選挙で決めているから民主的だからと思っているとしたら大きな勘違い、大体選挙必要なのか?

それはねぇ効率良く権利を奪いとるシステムでしか無いのよ、何となくみんなが選んだから正当をと勘違いさせるシステムでしかない。

本当に欲しいリーダーであればそんな事をしなくても決まる、人気投票では無く望むべきリーダーが出てくるモノなのよ。

かって世界は小さな族長社会だった、縄文時代とかは大きな政府なんか無くてもそれなりに回っていたみたいなのだ、民主主義という概念が無くてもソコソコ回る仕組みで生活していたのだ。

そう考えていくとね色々な社会制度を考えるの其処に暮らす者の為に有るのではなく権力をとりたい者が効率よく支配する、権力を収奪する為の仕組みに思えてくる。

単なる役割分担が何か偉い者と勘違いをするおかしな状況に有るのだ。

リーダーって部下がいて成立する脆弱なモノという事を早いとこ知りなさい、政治手腕があったとしても国民が愚民だったら動かないのが社会なのよ、それぞれの役割分担を上手く裁くのが役割というだけで別に偉くはないのだ。

確かにその仕事をする能力がない者からみたら凄いとなるのは確かだけど別にその人が1人で何でも出来る訳ではないからねぇ、結局は歯車の一部でしかない、権力者になれば俺は特別な歯車と勘違いするのかもしれないけれどテレビやネット等で差し替わる様な特別な歯車って何よ?

多分何処かで歯車が狂い戦争しなければ、領土拡張しなければというおかしな暴走が人類にはある、別に食うに困らない、生活するのに致命的問題が無いのならば戦争等を起こす必要はないのだ。

もしかすると単に右から左に問題をイイ感じで受け流し、これといった凄い事は何も起きなかったという状態になると自分がいる必要があったのかという不安感に取り憑かれるのかもしれない、それが裏返り余計な改革をしたがるのかもね、ジワジワと変えていたら自分の功績を認めてくれないからね。

自己実現、青年の主張の下に政治があるのはご勘弁を、出来る事を黙々とやりこれといった不安を感じる事無く進む日常、社会という歯車の一部で良いじゃ無い、変な形の歯車になったり無意味に大きく成ったり余計な事はいらんのですよ。

でもまぁ政治というのを意識している経済というのを意識しているうちは駄目なのかもね。
posted by mouth_of_madness at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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