2014年06月14日

数の論理

ガラパゴスといわれている日本、数の論理で行くと弱小という事になる、それを利用するグローバル化主義者。

日本の中では少数派の意見だったとしても世界ではこうですと言いだすと大多数の如く振る舞える事があるのだ。

都合良く世界の流れを持ち出すことで自分の意見を正当化する狡猾さよ。

そしてその世界というのも実は世界では無い可能性が高い、都合の良い事例を集めてそれがあたかも世界の意見の様に喧伝するのだ。

そもそも世界がそれを選択したからといってそれが正しいという根拠はない、大多数がそれを選んでいるから安心しているのかもしれないけれど実にあやふやな根拠でしかない。

またその国の政治、文化形態では正しい答えでも、それが何処にでも当てはまるかというとそんな事は無いのだ、資源国もあれば農業国も工業国もある、また宗教の影響力も違うし、長い間培った道徳というのも違うのだ、様々な状況が違うのに色々な仕組みを個別に導入しようとする。

どう考えても上手く行かないパターンが存在すると思う、状況に合わせカスタマイズしたり、合わないモノは導入しないという事をちゃんと判別しなければ駄目なのだ、世界の流れという考えで安易に飛びついては駄目なのだ。

企業は株主のモノという考えが蔓延し企業が弱くなる、単なる投資物件に成り下がる、挙げ句に何の会社だったのかもわからなくなる始末。

力を持った株主、企業は今度は国家を脅すのがトレンドになる、今の民間議員とかをみてもその萌芽が見てとれる、国家の政治の権利にしても今に株の様に取り扱う様になるのではないだろうか。

大株主が国家を運営する様になるのだ、今もグローバル化という考え国際競争力とか世界をマーケットにするとかアジアの成長を取り込めとかの考えの元に国内政治はおかしな事になっている大多数の選挙権を国内の労働者の事何か見ていないのだ。

企業が運営出来ないと国内雇用が維持出来ないとかいうのだろうけど移民を使って維持しようとする事に何の理があるのか全くわからない、働き手の足りない所を埋めるというけれど埋める為に企業側が努力し労働環境の改善をしようとせずにその条件で働いてくれる人を海外に求めるとかって何処の奴隷商人よである。

人数ではなく持ち株数が力を持つおかしな事になるのだ、

あれっ?なんか論点がブレてる?OH!ブレネリ!?

まぁ兎に角言いたい事は、世界を意識するのは世界の一部で有るからそうするべきではあるが世界がそうであるからといってそれに必ずしも従う必要はないという事、世界ではという事を頭につける様な奴の言うことを安易に信じないという事。

大多数がそう考えるからといって納得していない時には自分の考えを変える必要はない、ひたすら吟味するだけ、正しい答えは一つではない状況が変わればやる事はどんどん変わるのだ。

一体世界ってなんなのさ?色々なモノが集まって構成されているのだからそれぞれ違うのよ、似ている部分が有ったとしても同じでは無いのよね。
posted by mouth_of_madness at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック