2014年06月17日

必要とされる

社会に必要とされていないとかいって無茶苦茶な犯罪したり、自殺したりと自暴自棄になる人っているよね、其処まで極端にならなくても落ち込む人ってソコソコいるのではないだろうか。

でもねぇそれって自意識過剰です、自分が何者であると思いすぎです。

むしろ社会に必要だという人の方が少数だと思います、それもねぇ極少だと思います、そういう状況なので別に気に病む事は有りありません。

大概の人はスカな空気の様な存在です(空気は大事じゃ無いかというツッコミは無しで)

実際はそうなのですが、世の中何者でかでありたい、何か大きい事をしたい、自分の思想、考えで世界を動かしたいと勘違いする連中がいるのだ、頭の悪い単純な犯罪ではなく社会をそれなりに動かし自分のセコイ欲を満足させようとするのである。

政治家や企業のそれなり位置になれたり、マスコミ等で徴用されたりと多少は能力はあるのかもしれないけれど世の中を見通す、人類を導くといった能力はない、社会にとってコイツは必要だという能力を持ち合わせてはいないのだ。

それなのに勘違いして社会にちょっかいを出す、それこそが生きるのを大変にさせる原因なのだ。

黙々と生きるそれで十分な筈なのに何者かに成ろうとするそれが世界を歪ませる、何かをしなければという考えが社会に無理をさせるのだ。

経済成長とかで裕福になった部分もあるけれどその無理な成長のせいで世界中に色々t問題が噴出しているでしょ。

色々な紛争にしてもそうだと思うよ、まぁコレはイデオロギー問題もあるけどね、個人のエゴを満足させようという考えの下に行うから一〇〇年とかで行わないと駄目な事を二〇年とかで実行しおかしな事になっているのである。

今の日本で問題になっている移民問題とかもじっくりと考えるべき事なのに答えを安易に出し過ぎだと思うのだ、実行するにしても少しずつ試しながら問題を確認、解決しながらやるべき事なのである。

移民を入れなくても国内の問題を解決する事で今言われている少子化や労働力不足の問題は解決出来るといわれているのだ、大きな社会変動をしなくても出来るのだ、其処まで劇薬の博打を打たなくても大丈夫な気がするのに直ぐに問題を解決して手柄を独り占めしたいという欲求の強さが目を曇らせる。

まぁ凡人も成果を要求しがちだけどね、結果を求めすぎだけどね。
posted by mouth_of_madness at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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