2014年07月13日

ただ生きる

人は何故生きるのか?とか人生の目的とか、自分は何者か?という様な事を考えるのか?

それを哲学といって難しい事にしているけれど、色々な哲学者とか宗教家とかがアーでも無いこーでも無いと答えを出そうと悩んでいたり、答えを出したりはしているけれど結局はモヤモヤしているだけ。

僕に言わせれば此等は単なる無駄、、確かに人生に無駄は必要だけどコレはかなりいらない類の無駄だと思う。

人類は馬鹿だからその無駄な事に時間を消費してしまう、多分他の動物とかそんな無駄な事を考え無い、日々生きる事だけを考るのだ。

兎に角人は無駄に理屈をつけたがる、良い音楽を聴いた時にも分析的になったり、つくられた経緯だの、意味といった雑味で汚してしまう、ご飯を食べても単に美味い不味いという事で良いのに変に小難しくしてしまい頭で味を作る愚を犯してしまう。

人生もそう、単に生きれば良いのに其処に意味を持たせすぎて雁字搦めになっているのだ。

何か意味が無ければという強迫観念が人を縛り付け自殺させたり、犯罪に走らせたりする、大体歴史に名を残す人なんか極わずかですよ、でもねぇ色々な人が生きていく事で歴史は作られているのよ、ある意味名前なんかが残ら無くても時代を作っているのだ、引き籠もりでもニートでも一時代をちゃんと作り言葉を残しているのよ。

ボールが飛んできたら避けるだの、キャッチするだのと自分の出来る事を選択していく、人生も同じ自分にやってくる事象を自分の出来る事でこなすしているに過ぎないのよ、其処に良いも悪いも意味も無い。
posted by mouth_of_madness at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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