2014年07月23日

誰がそれを理解しているのか?

倉敷女児誘拐監禁事件でまたしても出てくる現実と虚構との区別がつかないという安易なコメンテーターの言。

我は問う、誰が現実と虚構の区別がついているのか?そんな人間が果たして存在しているのか?

頭では違うとわかっていてもそれが分離出来ないのが人間なのよ、この世はねぇ全て自分の脳内によって作られた世界なのよ、確かに物理的世界は存在するとは思うけど、それを認識して世界を構築してのは脳活動なのである、目で見ていても認識の外に送り込むことなんかお手のモノなのよ、既に認識では現実と乖離しているのである。

また見ていない世界はどうなるか?報道等の情報により認識しているに過ぎない、報道する人のフィルターで削り落とされ、ねじ曲げられ、(故意とかに関係無く)また見るモノの能力、フィルターにより更に偏向し世界を認識していくのだ、何処に現実があるのか?というくらいに乖離していると僕は考える。

報道や情報と物語を一緒に語るなというだろう、前者は現実を元に伝えている訳だからたとえ偏向していたとしても現実に近いというのだろうけどね。

でも近いとしてもそれは虚構なのよ、やはり現実とは違うのである。

現実と虚構の区別がつかなくてもズレが偶々問題にならない程度なだけなのよ。

九条信者と改憲派の見る世界情勢も結局は両方とも見ている現実が違うから話は交わらないのである、様々な経済学者や評論家にしても見ている現実は色々だしね、また軽い厨二病は山程いて自分の認識すらままならない者はそこら中にいるのだ。

色々な情報で様々な色眼鏡越しに世界を見ている者の何処に現実を理解しているといえるのだろうか?

100人いれば100人とも違う世界認識で生きているのだ、それを現実と思っているのが実情なのだ。
posted by mouth_of_madness at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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