2014年08月12日

認識しない差別

差別は駄目だと言ってはいるが僕たちは日常的に差別をしている、それも法的にも合法な差別を行っているのである。

また経済的理由での差別もある、個人の能力を数値に換え合法的に差別を行っているのだ。

どの口が差別はいけないというのだろうか?人種差別とかのわかり易い差別だけを取り出して駄目だというこの愚かさよと思うのは僕だけだろうか?

法的に合法という差別は犯罪者を刑務所に入れたり死刑にしたりする事なのだが、自分達の作り出したある種のルールから逸脱したからといって差別をする、でもねぇルールはねぇ国により違っていたりもするのだよ、絶対的価値が有る訳ではないのよ、時代でも変わる代物なのよ、極論をいえばコレって人種や文化の違いと同じではないのか?

またある種の脳の病気、精神の病気ともいえる、まぁ判定基準で精神異常等になれば単なる犯罪者では無くなるけどね、でもねぇ精神鑑定でキチガイ判定されなくても価値観、倫理感が逸脱した思考をするというのは病気ではないといえるのか?

日々ジャンクフード等を食べていたら脂肪肝になったり高血圧になったりするのと同じで日々の生活で与えられる精神成長に関する栄養素(情報等)が良く無いと精神も同じ様になるという事ではないのか?

犯罪者を差別するというのは単なる病人を差別しているだけなのかもしれないのだ。

自分達の匙加減で差別と犯罪とを分けているのだ、そして差別としてみようとしていないのだ。

能力のにしても今の社会状況により有用になったり無用になったりして金銭的に不利益を被るのだよ、能力により差別されているのだよ。

そこら中に差別があるのに認識していない、考え方、モノの見方で差別を隠していくのである、人間の狡さなのだ。


自分のルール、社会のルールから逸脱したモノを拒絶する、それが人間、自分がイイ感じでいたいというのも人間、善人に観られたいという欲望と自分が差別されたくないという恐怖の暴走もまた人間。

差別をする自分を認める事が大事なのだ。
posted by mouth_of_madness at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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