2014年09月19日

クビを絞める

人間は努力をする、仕事の効率化を図る、そうすると不運な事に価値が下がるのだ。

作れる量が増えると価値が下がってしまうのだ、単価が下がっても数売れれば儲けは増えるというかもしれないが、同業者他にいればある時点で商品は飽和してしまう、無価値になってしまうのである。

これなんて茶番?

みんなが談合し作る数を調整すれば良いのかもしれないが、談合は駄目というおかしな状況と出し抜こうとする欲望がそれを阻止してしまう。

スポーツとか芸術とか一部の天才が行う、頂点を目指すという部分では技術の向上は自分の価値を高める部分であるが、社会の歯車的立ち位置だとどうにもそれが上手く行かない。

自らの能力が自らのクビを絞めるのだ、なんて茶番だ。

何か仕組みがおかしいのだ、様々なテクノロジーが上がり効率化が上がり、特殊能力が無くても誰もがそれなりのモノを作る事が出来る社会、結果自分の居場所を失う。

ある時点で他の動物より優位に立った段階で弱肉強食からの逸脱をした、しかしそれでもまだ自然の驚異等から身を守る、人同士の対立から身を守る為に国家を作り何とか自分の居場所を確保した。

だが今、快適な環境を有る程度手に入れた今、他の人間の存在が邪魔になり出したのだ、かっても劣等人種と言った差別意識等で戦争等を行い殲滅を図る事も有ったが、今は個が無意識にそれを行いだしているのだ、人間同士で弱肉強食を生み出そうとしているのだ。

日々人は進歩し自分の居場所を失っていく。

技術が進み、オートメーション化が進んだ世界では大半の人は無用になる、むしろ資源を無駄にしたり、変なノイズを生み出し社会を不安定にするのであればそれはむしろ邪魔なモノでしかない。

少子化とかもね自分の楽しみを優先した結果、更に自分を脅かすライバルを作る事の恐怖があるのではないだろうか。自分の遺伝子を残すという動物的本能yより理性が生み出す恐怖感がそれを上回ったのではないだろうか。

人に頼らなくても生きていける世界がその恐怖を生み出しているのだ。
posted by mouth_of_madness at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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