2014年10月20日

わかり合えません

桜井誠と橋下徹との対談、これがプロレスでないとしたら人はわかり合おう、お互いの意見の交換しようという考えがない限り議論にすらならないという事の証明。

こんな極端なのは極一部のカルシウムの足りない人達だけだというかもしれないけれど、その極一部が世の中をややこしくさせるし、その極一部がいる限り何らかの軋轢を生み続ける。

それが人間の社会の理。

大体この対談誰得なの?市長は馬鹿を曝しただけにしか思えないし、在特会もなんか怒りっぽい、何か怖い集団という印象を与えるだけに終わっていると思う、まぁそれを取材するマスコミも駄目の極みという感じでなんか絶望しか見えないのだ。

まぁ一番の損は在特会という感じがするけどね、マスコミと橋下徹が面白可笑しく今回の件を吹聴すれば良いからね、お互いに冷静さを欠いているのだけどねぇ。

でも最初からあの喧嘩腰はないよね、話し合う気ゼロじゃないですか、でもねぇ多分世の中にはあんな事は色々な所で日常的に起きているのだと思う、現に国会でもあそこまで喧嘩腰ではないけれど団扇がどうしただのとクダラナイ言い合いをしている、肝心な政策を話す場の筈なのにクダラナイ事で時間を浪費する。

肝心な政策で勝った負けたではなく脱線した良くわからない勝敗で一喜一憂する、馬鹿にするのもいい加減にしなさい、面白くないコントに税金を払っている訳ではないのよ、茶番劇に御ヒネリ投げる趣味はないのよ。

いい大人がクダラナイ喧嘩をする、美学もへったくれもない、単なる我が侭の暴走、目的を見失った自己正義の暴走。

人間の世の絶望をみるが如くである、今其処に絶望の口がガバッと開いている状況を目撃なのだ、そもそも自分を正義と思った時点で駄目なのよ、問題はあるかもしれないけれどまぁまぁ正義たと思うのですけど位が丁度良いのだ。

正義と思った時点で周りが見えなくなるし、自分の論理矛盾も気がつかなくなる、それ位に人は不完全なのだ。

100人いれば100の正義があるのよ、イイ感じの距離感でまとめていかないとバラバラになり収集が付かない。
posted by mouth_of_madness at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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