2015年04月20日

馬鹿になる仕組み

人は何故馬鹿になるのか、現在進行形で進む馬鹿化はどうして起きているのか?

僕は個性化、言論自由というのが馬鹿を生み出しているのではないかと仮定する、全ての個性化が悪いとは言わないが個性化は馬鹿な考えだったとしてもそれは個性だ、俺がどう考えようが自由だという逃げ場を作り出していっているのではないかと僕は考える。

絵にしてもそうだが個性だ、ヘタウマだといって絵の基礎的な技術から目を逸らしてしまうと駄目になってしまうのだ、蓄積された技術の上でそれらを駆使してこそイイ感じになるのだ。

安易に個性で逃げさせては駄目なのよ。

ネットとかでもちょっとした意見でも賛同者が出たりして其処で満足していくうちに馬鹿が拡大化していく、過激な発言をおだてられ勘違いしてしまうのだ、自称面白い人もそう、自分の身の回りのネタをやって身内の中で人気者程度で面白いと勘違いしてしまいお笑い論を色々と語ってしまうのだ。

あっこのブログもそうなんですけどね、まぁ賛同者はほぼ皆無だから調子にのる事はないけど。

その様な事を繰り返していくうちに人はドンドンと駄目になる、馬鹿になるのだ。

政治家が小粒で駄目になったのも多分同じ事、政治バラエティ番組とかで視聴者の反応とかで調子にのってしまい政治でやるべき事を見失う、大体がコツコツと地道に積み上げる事が大事なのに派手な事言ったり、過激発言をしたりするのが自分の意見が有ると勘違いしてしまう、地味な落としどころでは人気で無いし話題にならないからね、議論の起きそうな所にばかり口を出す馬鹿な政治家に成るのだ。

突飛な事、極端な事を言うだけならば政治家である必要はない。

多分、おかしな事を言う人を面白がるうちに馬鹿スパイラルに巻き込まれドンドンと馬鹿なるという悪循環、馬鹿の拡大生産が様々なツールが早くなる事によりに加速度的に酷くなっているのが今なのだと思う。

ネットが生み出す集団知という話も有るが実際は集団痴なのである、ネットを止めればブレーキをかけることは可能かもしれないがもうそれを止める事は難しい、電気止めろとか言うのと同じ位に生活に入り込みかけているからね、そうであるならば如何に安易な個性を叩きつぶすかがこの馬鹿化を止める鍵ではないだろうか。
posted by mouth_of_madness at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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