2015年04月21日

良いという幻想

世の中で良いといわれているモノが実は幻想ではないのか?

良いといわれているからそう思いこんでいるにすぎないのではないか、民主主義が良い、資本主義が良い、自由が良いと思い込んでいるのではないか?

最もらしい良い点を言う事は出来るだろう、でも先に挙げたモノについて悪い点、問題点を挙げる事も可能なのだ、それらを比較してメリットが大きいから良い事なのだというだろう。

でも実際には絶対的基準があり数値化されている訳ではないのだ、都合の良い物差で評価しているだけなのだ、そんな事はわかりきっているという意見も多いだろうけど、其処に填まりこみ停滞してしまうのが人間なのである。

長い時間が洗練させた上澄みだからそうそう間違いでは無いのかもしれない、色々な人が良いというモノを集めた結果として常識が今の価値観だからそれなりに根拠があるのかもしれないけれど実際にはねぇ?

イスラム教もキリスト教も仏教も様々な政治形態も良かれと思い始まりそれぞれの良いという価値観でやっているけれど様々な衝突を生み出しているし問題も引き起こしている、解釈の仕方で同じ筈の中でも価値観の衝突が起きている。

人は結局の所何が良いのかわかってはいないのだ、共通の認識も無いのだ、あるという幻想の中で足掻いているのである。

単純な美味い不味いですら、文化の違いで変わる様なモノだからね。文化で美味いと幼少期から刷り込まれれば美味いと認識する様なモノだからね。

関東と関西でうどんのつゆだけでも良し悪しが違うからね、つゆの色だけで味が濃い、塩っぱいと思い込みで認識してしまう様なアヤフヤな認識だったりするからね。

その程度の能力で善悪なんかわかりようがない、常に自問自答するしかないのである。
posted by mouth_of_madness at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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