2016年01月29日

差別

ヘイトスピーチとかで国連の人とかが日本批判をする。

でもこれが差別ではないのか?自分達の感覚と違う者は何か遅れているという感じの上から目線の差別ではないのか?

差別ではない、ヘイトではないといってもそれらは差別を感じた者が決める事だというのだろう、まぁイジメも同じイジメている者がそう思っていなくてもイジメられていると感じたらそれはイジメだというのと同じ。

片方側からの視点ばかりが肥大しバランスがとれていない可能性があるのだ。

それが被害者意識を増長させる事もあるのだ、そしてその意識が暴走すると人権の当たり屋の如くなり収集がつかなくなる。

被害者意識がある種の特権を生み出し合法的差別を行う様になるのだ、被害者様だぞひれ伏せと暴力を振るい出すのだ。

それにねぇ日本のヘイトスピーチに文句を言う前に難民問題で荒れている事の方を先にどうにかしろよ、自分達の事を棚に上げ、それも市民運動レベルではなく国政レベルでの行為についてどうにかしろよと思うのだが。

多分ねぇこれはねぇ結局文句を言っても其処まで反論しない、暴れないから言いやすい日本を馬鹿にしているのよ、結局は遅れた文明に教えて上げていると勘違いしているのよ。

僕は差別的に言うよ、自分達の事を正義と疑わずその考えを押しつける愚民の癖に調子にのるなと。

差別は駄目と声高に叫んで差別をくり返す、人間の本質に差別がある、恐怖感とかが人を攻撃するという事を知れと思う。
posted by mouth_of_madness at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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