2016年02月29日

自殺

どれだけの人が実際には殺人で殺されているにも係わらず自殺として処理されているのだろうか?

おかしな自殺の事を言っているのではないよ。

徹底的な暴力、言葉の暴力や認識しないという精神的暴力、社会の仕組みといった暴力がそこかしこにある。

もしかすると知らないうちにその暴力を振るっているかもしれない。

日々誰かに暴力を振るい誰かをころしているかもしれないのだ、いや実際に死ななくても心を殺し楽しく生きていけない状態を作り出しているとしたらそれもまた殺人なのである。

これもまた誰かの犠牲の上に成り立つという世界の縮図なのかもね。

心に切り付ける暴力の重大性を人は気がついていない、物理的なモノではないから明確な症状も基準もないから分かり難いというのもあるけれど人は余りにも無頓着だ。

それを弱者というのかもしれないけれど、暴力を日常的に振るっている人間でどれだけその暴力に曝された場合にどれだけ耐えらるのか?

戦争も飢えも余程の事が無いかぎり避けられるこの日本で何故自ら命を絶つのか?それも何万人も、それ程に心に対する暴力がね物凄いのよ。

理屈で物事を考えるから心が見えなくなるというのが現実なのよ、どれだけの人間が自分の心を正しく認識しているのか?なぜそれが好きか、好きになったのかを理解しているのか?不愉快と思う部分も人により違うのよ。

結婚しないという者っが増えている(僕もしていない)それはねぇ不合理なモノを認めないという事ではないのか。

自分の合理で世界を支配したいというのが現実なのだ、その世界に必要の無いモノを排除しようとしているのだ。

その世界に捨てられた者は死ぬしかないのだ。
posted by mouth_of_madness at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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