2016年06月11日

シビルウォー・キャプテンアメリカ

マーベル幕の内映画。

エイジオブウルトロンでも思ったけどやっぱり長い。それも戦闘シーンでそれぞれに見せ場を作ってやろうという感じで兎に角戦闘が長い、爺の放尿の如くダラダラと長い。

また原作がそうだからといわれれば仕方の無いのかもしれないけれど(原作未読)アベンジャーズの管理問題で揉めている訳ですよ、やはり起きた事件に大して本当に国連とかを信じて良いのか、国連に正義か否かを判断させて良いのという事象で内部分裂して欲しいところ。

ワカンダで起きているテロ制圧とかで圧政を引く軍事政権、それに立ち向かう国民みたい構造で国連は政権支持でテロ組織殲滅をアベンジャーズに要請、テロ組織に荷担するバッキーといった構造で内部分裂みたいな話を観たかったと思う。

キャプテンアメリカはバッキーからの証言で民族浄化が行われていると知り国連を信じないみたいな展開が欲しいところ、国連を信じるか友人の証言を信じるかで状況判断が変わるといった事、どっちの立場で物事を見るかで正義が入れ替わるといった展開が燃えると思うけどね。

でもそんな話ではありません、単に性格の不一致的感じしかしません、男の三角関係の嫉妬みたいななんか気持ちの悪い感じです。

飛行場でのシーンでも格納庫までもっと早く走れるだろと思う事間違いなし、兎に角足が遅くなりすぎ。

ハラハラ感を出したいのかもしれないけれど急にスペック低下があると興ざめです。

それでは見方を変えてみましょう。

アベンジャーズを世界の警察と言い張り、色々な紛争に中途半端に首を突っ込むアメリカ軍のスーパー軍事力と考え、それを国連管理下に置こうとしたらそんな話は飲めないと反乱した部隊が大暴れ失踪する話と考えるとアメリカの狂気がそこはかとなく滲み出てきます。

正義の乱用の怖さがそこかしこに滲み出ているのです。

CIAとかNSAとか軍部とか軍産複合体などのコントロールが出来ていないアメリカの潜在的恐怖が描かれているのかもしれません、同盟国のいう事は信じるぜという事なのかもね。


そうはいってもこの映画の問題は長い事、退屈する長さだという事、戦闘シーンは余程練らないと長くなると単調に成ってしまうのです。

金をかけ映像の見せ場があったとしても戦闘シーンはそんなに面白いモノではないという事。

スポーツと違うのです、どちらが勝かわからないという部分があるから長くても楽しめるけど、筋書きのある戦闘で次のシナリオまでの繋ぎな訳です、大したドラマが無いのであればサクサクいった方がイイに決まっているのです。

途中の戦闘は少し物足りない位で十分なのです。
posted by mouth_of_madness at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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