2016年06月21日

よく知らないでいう

在日韓国人に本名でを名乗るようにと言った社長が訴訟されたでござるという裁判。

裁判の判例とかを読み込めば成る程とあるのかもしれないけれど、簡単に書かれている記事を読む限りこの判例結構拙いのではないのか?

犯罪を犯しても記事で本名を晒したりすると韓国人が悪いという印象を与えるとか言いだしてきっと面倒臭い事になるのではないか?

大体なんで本名が名乗れないの?

多分ねこういう事を続けていると関係性の改善はないよね、この隠す部分に差別は隠れるよね、何も悪い事も問題も無いのならば本名を名乗り地位や立場をよくするべきだよね。

それにねぇ何でも人権問題、差別につなげるのは本当の差別を作り出す土壌になるよ、差別したモノ勝ちになると気の弱い人とかが不利な状況に成りますよ。

人権って図々しさ勝負じゃないからね。

ヘイトスピーチ規制とかにしても常識的に(まぁこの常識という言葉嫌いだし、曖昧だけど)考えれば問題無い筈と安易に考えたのだと思う、でもねぇ何処からがヘイトかという線引きが出来ない以上解釈次第で何処までも弾圧につかえるからね。

舛添の件も同じですよ、何処までが経費として認められるか?という曖昧さが抜け穴になり何処までもセコい事が出来るのと同じですよ。

舛添は辞任に追い込まれたから抜け道があっても何とかなるとか言うのだろうけどね。

でも甘利は駄目で山尾は今の所OKになっているのをみてもその場の空気ですよ、場の空気が暴力を振るい法案を悪用したら人を社会から抹殺する恐れがある様なモノなのですよ。

ヘイトスピーチに絡みそうな気もする様なこの本名云々裁判、なんか安易に答えを出しすぎている様な気がする、それとも逆の判決を下すととその判決がヘイトだと言われる事を恐れたのではないか?

街宣とかかけられたら面倒臭いしとでも思ったのではないか?そんな事を書いていると僕が名誉毀損で訴えられるのかもね。

既にヘイトスピーチ規制は悪用されている感じがあるからね、川崎デモの件とかをみるとデモをやって其処に問題が合った時に規制するのではなく、デモをさせない方向に動いたからね。

過去の行いが判断材料というのかもしれないけれど、それこそ差別だよね、一度でも問題のある発言をしたら発言の場所を奪って良いっていう狂気。

法案で駄目になった訳ではなくてもその概念が思考を縛る。
posted by mouth_of_madness at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック