2016年06月29日

ダイバージェントNEO

謎なシステムで世界を管理する映画の第二弾。

今回も一つ解決的な話は有るのだけどやはりよくわからない。

まだまだ続くようだけど最期まで観ても多分僕には理か出来ないと思います、なんか話を作る為に無理矢理作ったシステム、世界感なのだと思う。

こういう事も有るかもねというのモノでは無く、もしもこんな世界があったらという仕組みだからピンと来ないのだと思う。

有り得ないと言いたい訳ではないのよ、成る程これは一つ考えとして納得出来るという部分が僕的にはないのがどうにも話に乗れないのです。


それにしても思う、ハンガーゲーム、メイズランナー、この作品と観ると何か似ている感じが気になる。これがもしかするとゲーム感覚というモノなのかもと思ってしまう。

それもこんなゲーム面白いでしょという感じのチョイと糞ゲーの匂い。

一ネタ思いついた、大して面白くはないのだけど凄いネタを思いついたと勘違いして作られた感じ、それなりに絵作りは出来ているから良いモノが出来ていると勘違いしているけど翌々考えると大して面白くはない。

そんな感じしかしないのですよ。

なんかおかしい、狂ってるっていう迸りはないのよ、中途半端な小利口感が気になるのです。



それにこれらの映画の共通感として壁で閉鎖されている感じがどうにも気になる、何か病理を感じるのですよ、社会の問題が何かあるのではないかと考えてしまう、壁を乗り越える事が大事という感じが映画から感じないのがその原因かもしれない。

ひたすら閉塞感と選ばれたモノにその状態を壊して欲しいという感じがどうにも気になってしまうのです。

いや日本も進撃の巨人とかもあるから世界的に閉塞感があるのかもね。


もっと軽く行こうぜと思う、80年代とかのB級映画くらいに馬鹿馬鹿しく行こうぜ思う。
posted by mouth_of_madness at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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