2016年06月30日

馬鹿という奴が馬鹿

子供の理屈は実に正しい、美しいまでに正しい。

多分子供は理屈まではわかっていないのかもしれないけれど、本能で馬鹿にしている奴の発言の裏の欺瞞を何となく感じているのだ、上手く相手の言っている理屈を論理的に崩す事は出来ていないだけなのだ。

このおかしな感じをフジロックのグダグダ感を見て思いました。

ロックってそういうモノだからという感じの擁護意見の上から目線の格好悪さと頭の堅さというか先入観に毒されている状態をみると馬鹿という奴が馬鹿としか思えないのです。

挙げ句にフジロック批判で日本人は低レベルみたいな議論になるのですよ、これの何処に頭が良い要素がある?まぁこの様の低レベルな反論が出るという事が馬鹿の証しか?自ら証明しているのというのだろうか?

一部の人の考えで日本論ですよ、馬鹿丸出しですよ。

まぁそれだからロックとかの一部に政治的要素があるのをみてロックは体制批判だ、社会風刺だ権力にさからうのが本道だと勘違いしてしまう。

あくまで一部です、僕的には非常にダサイ一部の要素です。

政治的発言してもいいけど、しなくてもよい、それにそういう事に囚われている部分が自由ではないよね、フットワーク重いよね。

なんか勉強して賢い感じに理屈を作ってますという部分が格好悪い、そんな風にみえる部分がペランペラン、何も迸っていないのです。

多分音楽産業が駄目になるのはこういうダサイ奴が演奏し、その周りにいる知識人の愚劣さが人から音楽を取り上げていくのだ、音楽を楽しむのが面倒臭い事になるのだ。

ユーモアも余裕モなく、またギリギリの追い込んだ感じもない平凡な奴等の政治スローガンが面白い訳はないのだ。
posted by mouth_of_madness at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック