2016年09月17日

謝らない人より間違いを認めないの方が面倒臭い

何か同じ様な感じですけど、細かい部分では違う。

謝らない人はねぇ、単に負けを認めるのが嫌なだけだったりするからまだ面倒臭いけど良いのですよ、自分が間違っている事は理解していたりするのでその後の事に関しては多少のギクシャクした感じは残っても先に進むからね。

間違いを認めないのは、どれだけの証拠があっても、判断の間違いの結果自分が大変な目に遭っていたとしても偶々だのおかしな事が起きたといって自分の考えが間違っている事を認めない訳だから何時まで経っても先に進めないのです。

仕事とかだと実に大変です、下の人間ならば外すとかすれば対応出来るけど、上の人間の場合はどうしようも無くなる、先に進めば酷い事になるのわかっていても行進を続けないと駄目ってどんな罰ゲームですか?

周りにYESマンとかいると更にその考えは強固なモノになり手に負えなくなる。

しくじっても業界全体が不景気だからといって自分の責任なんかとりはしない、しくじった事に対して問題点を提示すると提示した者が面倒臭い奴となり孤立していく。 

挙げ句問題の原因にされたりするからね、それで外されて更に同じ様な問題は続くのに間違いを認め無い者は排除した事は正しいと思い込める狂気。

いくらもっともらしい屁理屈を重ねても実績が上がらないモノは何処かに欠陥があるのですよ、間違ったらその都度考えを改めるしか無いのに考えに固執し先に進まない。

成功にはラッキーがあるかもしれないけれど失敗にはアンラッキーはほぼ無いのですよ、失敗したら自分の考えに間違いがあると考える所からしか始まらないのに、自分はお利口という妄想の檻に閉じ込められ先に進めない。

馬鹿だから間違うと考える所から始めなければ同じ所をグルグル回りドンドンと沈んでいく。
posted by mouth_of_madness at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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