2017年04月13日

J・ガイルズ

別にファンだった訳でも無いし、そんなに聴いてもいない、いやむしろほとんど聴いていない。

でもねぇなんか寂しい感じがするのですよ、ここ数年高校生ぐらいに名前をきいていたミュージシャンとかの訃報をきく事が増えていて嗚呼僕もその様な年齢になったのだなと思うのです。

物凄い勢いで日々がカッ飛んでいく訳であっという間に僕も死ぬし、僕が好きだったモノも人もこの世界から消えていく。

色々な滅びを見て人は枯れていくのだろう、侘びを知るのだろう。

でも生まれる事の眩しさも一緒に知るのだと思うのです。

今日本は少子化です、それはねぇ死が身近ではなくなった為に、人が長生きする様になった為に生の眩しさを知るのが遅くなった為では無いのかと思いました。

死を実感して次を残す事に想いを馳せる、戦国時代の後継にかける情熱とはいつ自分が死んでもおかしくないという死に対する想いがあってこそなのだろう。

戦後のベビーブームとかにしても戦争で死を沢山見たからなのだろう、自分の生活はまだまだ苦しくても眩しい光を求めたのではないだろうか。

人工の光が増え、それが代用になり生の眩しさを忘れたのが今なのではないだろうか。
posted by mouth_of_madness at 22:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
中学時代、大好きでレコード聴き狂ってた頃があったので、なんとも寂しいですね。70代だったと聞き、そうかいつの間にかもうそんな歳になっていたのか、とも。
また、別にファンではないけど、数年前、AC/DCのマルコム・ヤングが認知症でもうステージは無理と聞いたときも、なんとも言えない悲哀を感じました。
要は、自分自身も確実に歳をとっていってるということですが。
Posted by 土耳古石 at 2017年04月14日 02:17
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