2017年05月16日

合理性

大学とかで独立採算と合理性とかの流れで哲学科とかが廃止になるところが増えているとかいう話。

まぁ就職とかに苦労するだろうし、今時哲学とか?言われるのだろう、そりゃ学部に人は集まらないのは何となく予想出来る。

だが問題はそんな事ではない、そういう学部とかを維持出来ないという貧しさが問題なのです、合理性とかいいだした21世紀とかは社会が貧しくなっているという事なのです。

貧しいくなっているから合理性追求を言わないと駄目な所まで追い詰められているのです。

色々と便利になってスピードも早くなっているかもしれない、しかしその逆に安売り合戦とかでギリギリを追求する、その結果ドンドンと貧しくなる。

そして困った事に無駄を無くす合理性追求する事が正しいと思い込んでいる連中が跋扈する、無駄だといって色々なモノの可能性を潰していく。

無駄は豊かさで有り余裕なのです、其処からこそ面白いモノが産まれる、ギリギリを攻めて産まれるのはその方向に特化したモノだけ。それが悪いとは言わないけれど様々な可能性を潰していく自転車操業状態です、技術の進歩はあっても面白みはない。

色々なズレこそが面白いのですよ。

遊びが無い状態の社会の緊張感がドンドンと人を疲弊させるのです。

世の中もっともっと無駄なモノで満たしてかなければ滅びます、ドンドンと無駄を省くという考えはいずれ人に向かって来ます、少子化とかもその流れですよ、自分の生活の快適化には子供を無駄だと思いつつあるのです、お金の問題とかではないよ、また嫌煙もその流れ、健康被害だなんだというのは後付けです、そんな事より理屈的に考えて何が面白いのかおいしいのかわからないモノが無駄に消費されていく事に対して我慢出来ないのです。

まぁ実際は自分が面白いと思わないモノで楽しんでいるのが嫌なのかもしれないけれど。

脱ゆとり教育とかいうけれど此所の無駄に関してはもっとゆとれよ。

posted by mouth_of_madness at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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