2017年05月18日

差別という自意識過剰

男同士でラブホに行ったら断られたという話、それで差別されたと泣き言、恨み節。

単に自意識過剰だと思うよ、いや実際に差別されていたとしても大した差別ではない、女性専用車両と同じ程度のモノ。

男=痴漢という差別と同程度のモノ。

それにねぇ男二人で入ったからといって即、ゲイだのホモだとわかるモノなのだろうか?単に後から女性呼んだり、乱交だったり輪姦の可能性を考えたのかもしれないよ。

集団で使われると部屋がグチャグチャになるとか色々と問題があるかもしれないし、本当の所はどうかは知らないけれどウンコ臭くなるという話もあるしね。

刺青があれば暴力団とかアウトロー的に扱うのと同じで、様々な問題が起きやすいとかで排除したのかもねよ。

相手がどういう人かを瞬時に理解しろというのは無理な話、ある種のフィルターで効率化やリスク回避するのは社会にごくありふれた仕組みだと思う。

ありふれているから良いというモノではないかもしれないけれど知恵でもあるのです。

また受けいる方は全てを受け入れないと駄目なのか?その人に色々な考えがあるのですよその人の考えは無視していいというのは差別の拡大解釈。

大学卒しか受け入れない企業とかあるよねそれは差別といわないよね、高卒、中卒を受け入れない企業なんてナンボでもあるよ。

人は色々な理由で拒否をする事があるのですよ、それを全て差別といっていたら社会は廻らない、個人の好き嫌いまでも差別と言い出したらそれこそ無茶な話。

啓蒙する事と強要する事は違うのです、それにねぇ差別されていると思っていたり疎外感を感じていたりする事の自意識過剰の思い込みの可能性が高い、人はそんなに他人の事何か考えていない、知らない人の事ならば尚更です。
posted by mouth_of_madness at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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