2017年06月16日

ステレオタイプ

過敏になり過ぎです。

マリオがソンブレロにポンチョ、ギターという扮装でメキシコ人のステレオタイプはちょっとという非メキシコ人、メキシコ人に大きなお世話だと言われる始末。

そもそも何かを分かりやすく表現しようとするとステレオタイプになるんじゃ無いの?良いも悪いもデザイン化する時に特徴を抽出するとそうなるのは仕方のない事。

悪口に使われるとか、兎に角その国の人が嫌だ思っている事を無神経に描くのならばまだしもそうでない事にまで過敏に反応するのはチョイと逆に問題を感じる。

人はイロイロだからというので全てを平坦化するという事は、自分のルーツだったり帰属するコミュニティとかの誇りを否定する事になりかねないのです。

人間は個では無いのです、ある種の集団に属し生きているのです、バラバラにしては駄目なのです。

それにねぇソンブレロマリオを見てメキシコ人と連想するのは自分がそう毒されているという事でしょ?むしろ自分の方が問題かもと見つめ直すべきだと思う。

一つのステレオタイプで描くのが問題ならば別の人が別の表現をし様々な側面を描くのが正解だと僕は思います。

行き過ぎるとと今に黒人も白人も黄色人種も青色とかで色つけないと駄目になるんじゃないか?服着ていると勝手にファッション性からイタリア人みたいとか日本人みたいと言われるリスク回避の為に裸じゃないと駄目かも。

取材してその国のイメージを描く、その場所をスケッチするとステレオタイプになるとしたらどう描けば良いのかと思う。

ステレオタイプになるにはそんな感じと思わせる現実があってこそ成立するのです、多数のあるあるがあって定着するのです。
posted by mouth_of_madness at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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