2018年01月12日

子ども食堂

一見貧困家庭の子供を救うのによさそうなモノに思えるけど社会的には問題解決にならず、ただ先送りしているだけではなかろうかと思う。

広島での朝食も何とかならないかという方針も更に状況を悪化させるだけの様な気がするのです。
子ども食堂で何とかなったら企業は雇用条件なんか変えませんよ、こりゃいいとそれに甘え低賃金で働かせます、そのせいで労働時間も長くしないと生活出来ないとなって益々家族はバラバラというモノです。

また馬鹿親とかがコレは便利と利用したりするのもあるだろうしね。

確かに緊急的には必要な事だと思います、でもこのボランティア精神が行き過ぎると国や企業はそれを仕組みとして組み込み本来国や企業がやるべき事をほったらかしてしまうのです。

難民問題とかにしてもそう、安易に受け入れるとそれに甘えた人々は自国を建て直すという事を忘れ、発展しなくなり自立出来ないのですよ。

移民にしても自国の労働資源、税収を支える為という考えで移民をやっていけば国はドンドン疲弊し、本来の国の色と言うのが失われ、名前だけのモノになりさがる。

安易な問題解決は急場を凌ぐだけで早急に問題を明らかにして改善する必要があるのです、子どもの貧困が問題ならばもっと労働面での改善をする方向に行かないと駄目。

何か子ども食堂をやっている事に慣れてしまい、問題を忘れている様な気がするのです、大変で充実していたりするとそれが満足感、達成感を生み。子ども食堂をやらなければ駄目な状況を打破するという考えが抜け落ちるのです。

助け合いは大事だけどその事により問題が抜け落ちるのは社会的に物凄いコストになるのです。

posted by mouth_of_madness at 19:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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