2018年06月10日

グラスホッパー

伊坂幸太郎のベストセラー小説が原作の映画。

原作未読だけどこの映画が原作通りだったらカスの様なモノだと思う、原作はもっとちゃんとしているよね?

押し屋は主人公と絡むけど、鯨と蝉って何の為にと成ります、妙に尺的に使っている割に意味がない感じで単に変な人出したかっただけなのねという感想しか湧かない。

色々な殺し屋キャラを出して裏社会のファンタジーを作りたかっただけな感じ。

バラバラのパーツが集まって一つの絵になった時グッ来るのにバラバラなまま。

主人公を囮にした罠にしても巧妙に仕掛けられた罠という感じではなく杜撰というか行き当たりばったりな感じで納得感がないよね。

押し屋の説明するグラスホッパーについてのくだりで全部焼くしかない的な部分から妄想するともっと色々な組織、殺し屋を共倒れさせる様な展開が欲しかった。

更にいうならば冒頭で殺戮写真を撮っているシーンにグラスホッパーを出しているわけで、焼き払うべき対象は大衆的な余韻的シーンが欲しいよね。

事件が終わり、助かった主人公が自分の周りにある無意識の凶暴、悪意的なモノに気がつき、いつでもどこでもこの様な事件が起きるギリギリな状態という事に絶望と恐怖を思うも残されていた優しさに救いを求めようとする様なオチが欲しかったです。
posted by mouth_of_madness at 17:52| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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