2018年07月24日

人間の半分は悪意で出来ている

バファリンの半分は優しさで出来ているけど人間の半分は悪意で出来ている、そしてタチの悪いことに悪意が滲み出ていることに気がついていない。

それは何故か?

自分で物事の判断を決めていないからである、周りに流されて悪意を垂れ流すのである、善意でも流される事はあるけれど善意を行うには色々とハードルが高かったりしてそれがブレーキをかける。

道の片隅にゴミがあった場合、そのゴミを掃除するよりそこに便乗してゴミを出す方が楽でしょ?ちゃんと考えればそこにゴミを捨ててはダメなのだけど誰かが先にそれをやっていると罪の意識を考える事なくやってしまう。

色々な所で起きる汚職だの粉飾だの数値改竄だのというのも長年の培われていった結果罪の意識なくやってしまっているのだと思う、最初のハードルは高かったけど一度流れればそういうモノという認識に変わりそれをやってしまうのだ。

人に対する悪口もそう誰かが口火を切ったら便乗して悪口言う人多いでしょ?メンバー変わればいない奴とかに変わったりもする、これなんかヘタレの最も酷い部分ですよ。

まぁ本人に面と向かって言う僕もチョイとどうかしているけどね。

ネットとかでヘイトと言うにはあまりにもレベルが低い罵りをする人達、賛同者ガッツリいなければほとんどの人が出来ないのではないかと思う、賛同者がいるからなんとなく大丈夫いう免罪符が成り立ち出来ているのだ。


賛同者がいなければただの気狂い扱いで終わるからね。

とにかく人の悪意は何かをキッカケに出ようとする位に人の中に溢れている、理性、理屈がそれを抑える道具だったりするのだが理屈に関しては悪意もそれを利用してより酷い事をしてしまうのだ。











posted by mouth_of_madness at 23:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。