2018年08月07日

本を読みすぎると馬鹿になる

本を読みすぎると馬鹿になるという話。

まぁでも週一冊程度の読書ならばそんなに問題はないと思うし、小説等の読書ならば何の問題も無い筈。

でも知識を得る為の読書は程々にした方が良いという考えなのです、情報的知識それを大量に詰め込む事により自由度の低い情報体系が出来てしまう恐れがあるのです、そうなると知識はあるけど融通が効かない、自由な発想が出来ない非常に残念な状態に成り下がってしまうのです。

知識があると現象を見た時にその知識に当てはめて結論を出す事が出来る、一見効率が良さそうに思えるし、大概の場合に問題は起きないと思うけどそれこそが本質を見失う事になるのだと思うのです、知識により現象を簡易化する事で細部の違いを見落としていくそこに間違いが生じて行くのだと僕は考えます。

政治にしても経済にしても知識が邪魔をして本質を見落とした結果歪になっていくでしょ?これは人間というモノをちゃんと見ていないからなのですよ、人間にしても心理学や行動学といった知識で知った様な気になってはいるけどこれらの不完全な知識でのフィルタリングでは現実には役に立たないのですよ。

役に立つ様に知識のアップデートをするのだがそれがまた本とかの情報に頼ると結局はまた同じことの繰り返しになる、知識を構築していけばいくほどそれに反する意見は間違いであると考えがちなったりもする、知識が無ければ客観的に物事を見る事が出来たのに有る為に客観的に物事を見る事が出来ずに失敗るのである。

知識を得たら実戦で自分なりのアップデートこそが大事なのだ、多分本を読む事はプロテインみたいなものなのだ摂取して運動してのサイクルがないと役には立たない。

知識を問題に対しての気づきに使うのはいいが答えをそこに求めるとドンドンと人って馬鹿になる、知識を持っているだけで考えない道具に成り下がるのです。

本を読んだらとりあえずそれを燃料に考える事が馬鹿にならない為の方法。
posted by mouth_of_madness at 22:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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