2018年09月20日

芸術か猥褻か

最近徐々に余裕がなくなっている感じの芸術か猥褻か問題。

なんか今に猥褻とレッテルを貼ったモノを後世に残すのは人類の恥とか言い出して燃やしてしまうのではないかという気がする。

でもそれってなんかヒトラーとナチスがやっていた事なんじゃないの?でも多分猥褻だという人はきっとナチスなんてクソ喰らえとあれは人類の汚点だと思っているよね。

実に不思議。

反する考えの筈なのに己が正義を突き進むと行き着く先は同じになる、弾圧と思想統制に行き着いてしまう。

LGBTにしてもそうでしょう?LGBTの人も生き辛いかも知れないけれど、それを強烈に批判する意見の人もまたクソミソに言われ生き辛いのですよ、弾圧される分だけより厳しいかもね。

ネットでも行われているでしょ?差別だヘイトだと自分の考えと違う意見に対して文句を言う(ここまではなんの問題もない)そしてその意見を言っている者をサービスから追い出し意見を言えなくする(これは大変な問題)。

意見に傷つく人がいるからダメというのだろうけど、意見を封殺される事で傷つく人もいるのです。それに探せば見つかるのだろうけど封殺される事で何が問題なのかがわからなくなる。

傷ついたの一言で全ての意見がダメになるのであればどんなに正論だったとしても匙加減で意見は潰されてしまう事になるのよ。

封殺して出来た社会は歪み、リンチがOKとなりその社会に住めない人が命を絶たれる社会に成り下がる。


清く正しい世界、誰のとって、どの理屈において清く正しいのか?その世界で清くない者は社会から排除される、排除されたくなければ同じ思想になれという歪な社会、其処には自由も平等もない。

独裁者のいない独裁社会。
posted by mouth_of_madness at 22:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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