2013年06月25日

辞めどき

なんかまた刃牙シリーズを再開するらしい。

なんか辞めるタイミングを逃している感じがする。だらだらと長く続く長編漫画、ファンの人にとってはいつまで読みたいモノなのか?

僕は駄目になっていく作品は読みたくないと思うのだが。どうも世の中的には続いて欲しいという欲求が強いのだろう。

作者はどうなの?儲かるのならば良い?色々な作品を描きたいという欲求はないの?

最近終わったガンツとかにしても長い割に何の面白みもない終わりだった、この再開する刃牙も?な終わりで長く続いてコレなのという感じだ。

いま大人気のワンピースもオチに関してはかなり厳しいハードルがあると思う。

長編で濃い内容ならばまだ良いのだがバトル等でドンドンと薄められていく内容では充実感はない、やはり丁度いい長さで終わらせるべきなのだ。

出版社も作者も読者ももう少し考えるべきだと思う、あまりにも貪欲過ぎるのだ。貪欲になるにしてももう少し色々な作品に挑戦するべきだと思う。

下手をすると最期まで読んでもらう事も出来ない様な作品を作る、読まれていても惰性だったりする様なモノってどうなの?量さえ多ければ良いという考えは僕はどうにもついていけないのだ。


あと刃牙の作者もう少しピシッとしているかと思ったら老人の小便みたいにキレの悪い人だったという事か。スピンアウト展開や宮藤官九郎に対しての発言等をみても何となくゲンナリしてしまう。
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2012年01月17日

漫画が読めない子供

漫画が読めない子供が増えているらしい、文字や絵の流れを追って間を想像しながら読む事が出来ないらしいそうだ。

ある意味脳の欠陥、想像力の欠如といってしまうのは簡単な反応かもしれない、だが新しい頭脳、思考方法の発露の過程ではないかと僕は妄想してしまうのである。現時点ではまだ使いモノになっていないかもしれないがこの子供が大人になる頃には洗練されているのではないだろうか。

全てをバラバラにして物事を見る、関連性を考えることなく個別に判断していくという新しい思考法。今までは勝手に背後にある関係性とかを想像してしまったり、流れを考えてしまう、何か其処に理屈があるのではないかと考えてしまう。それらから逸脱して思考する様になるのだ。

それらの思考をする人数の方が増えた時、古い世代はついて行く事は出来ない様になるのだ。またそれらの思考の人を満足させる為の漫画の描き方は大幅に変わるのだろう、新しい漫画の表現が問われつつあるのではないだろうか。この思考法での犯罪も凄そうだ、関連性が分断されている為に小さな証拠から犯人を手繰り寄せていく事が出来なくなるのだ。

またもう一つの可能性としては漫画の間、テンポでも遅すぎて思考速度、情報処理能力が余りすぎて退屈しているという妄想、もう文字を読むというのが遅すぎるのだ。

今に吹き出しに書いてある台詞は「ま!!」「まい」「な」「がは」とかいうもう暗号の如くなってしまうのである。

どっちにしても新しい思考形態が生まれる土壌が出来ているのである。
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2010年10月15日

漫画フラクタル

昔の漫画も今の漫画も敵と戦い勝つというシンプルな構造が一つの大きな流れである。

その構造は少年漫画の王道といっていいだろう。

しかし同じような構造を持ちつつも今の漫画と昔の漫画とでは連載期間の長さ、ページ数は桁違いである。

なぜ同じような構造の漫画なのに此の様な違いが出来たのか?

それは細部が描き出されたからである。そしてこれはフラクタルではないのか?(厳密には違うぞ!!お前はフラクタルを間違って理解しているぞと言われるかもしれないけどね)

まぁ海岸線を描いた場合に何処まで細部を描いていったとする、同じモノを描いているのだがその描画する長さは無限大まで伸びるのと同じだ。(なんて説明だ)

野球漫画でいうと昔は変化の無い0点進行回はスコアーボードと2,3カットで説明していたが少し前の漫画はその0点の回も描画するようになっている、そして今は一球レベルま描く様に成っているのである。そして更に一球がミットに届くまでの時間に考える色々な感情の動きを描く様になるのだ。

何処までいってもキリはない、話、絵の上手い漫画家出てくれば何処までも細かい描写で話を伸ばす事は出来るのだ。

しかし何処まで伸びてもその野球の試合の結果は変わる事はない。

ハイスピード撮影で野球中継を撮り放映すれば10倍にも100倍にもなる。それと同じだ。まぁそうなると殆どの人は見ないだろうけどね。でも漫画ではそれが成立しているのである。

過剰なまでに心の動きが描かれているのである。

試合の全体、回での勝敗、一球の勝負とはいっても結局は勝ち負けというシンプルな事しか語っていないのである。この何処までいっても勝ち負けしか描いていないと構造こそがフラクタルではないだろうか。何処まで細分化していっても同じようなモノが出てくるのである。

今に連載期間20年とかいってもその連載で語られる話はある事件に巻き込まれた1日とかという事は十分にありうるのだ(すでに有る?)漫画24である。

コミック1冊で語られたモノも10冊で語られたモノも200冊で語られたモノもあらすじでみれば同じなのである。




posted by mouth_of_madness at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

キャプテン

僕が思う野球漫画の最高峰(2010.04.16現在)「プレイボール」も良いのだがやはり「キャプテン」である。

「プレイボール」が谷口キャプテン中心に進み登り詰める昂揚感に比べ「キャプテン」の方は野球部サーガみたいな感じで盛衰があるのが良い。またキャプテンが替わる事で悩みが変わるのが素晴らしいのである。

またこの漫画の良さは試合展開が早いのである。今の漫画の試合描写が長さに比べたら瞬間的に終わるのである。ここぞという所でそれなりにページ数、コマ数をさいてはいるが今の漫画に比べたら無いも同然である。

だが其処が良いのだ。その試合のテーマがビシッと来るのである。試合に集中している感じがするのである。

今の漫画みたいに一球投げるたびに色々と考えている、試合中に個人的会話を延々とするような漫画では試合に集中している感じは出ない。この面は面白い漫画ではあるが「スラムダンク」でも駄目な点だと僕は思う。試合中のおしゃべりが過ぎるのである。また一試合の中に見せ場も多すぎなのだ。

シンプルだからこそ伝わるモノがあるのだ。

また素朴なキャラクター達がいい。多分今の中学球児とは似ても似つかないとは思うけど。あのさえないけどひたむきな感じが読んだ後にホッコリとするのである。ただこれは過ごした時代性があるのだと思う。町内会での野球チームもあんな感じで凸凹だった。

魔球も、超人的能力もない、(まぁ異常な努力はあるけど)イガラシというこの漫画では天才的者はいるがそれもなんとなくローカルでの天才性という感じなのだ。仲間内であいつ上手いよね、凄いといわれるチョットしたヒーローという感じなのが実在感を高めている。甲子園には行く事が出来てもプロにはなれない感じでも野球に青春をかけているという感じのリアリティなのだ。だからこそ試合に勝つという部分を応援したくなるのである。


この漫画を読むと夏の暑い日差しと校庭の匂い、蛇口から飲んだ鉄サビ臭い水の味、五時になるとデパートの松屋が鳴らす家路のメロディを思い出してしまう。あと鶏クビの唐揚げの醤油の焦げた匂いもね。

泥臭い、でも其処が良い。土にまみれる、カサブタが何時のまにか出来ていたあの感じを楽しめ。









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2009年08月13日

浦沢直樹

井上雅彦とならびトップ漫画家としての評価が高い浦沢直樹。

しかし僕はその良さが今一つわからない。確かに絵は上手いし話もそれなりにまとまっていると思う。そしてヒット作もある。

20世紀少年、21世紀少年、PLUTE、BILLY BATと最近の作品がどうも今一つ面白くない。

作品としては完成しているのかもしれないが何か熱を感じないのである。勢いが無いのである。

キーワードと謎で話を複雑にみせているだけな感じがするのである。でもあくまでそれはテクニック自慢な感じで読み終わった後に充実感が無いのである。

また絵にしても、上手いけど迫力を感じないのである。グワッと来ないのだ。出てくる人間に体臭を感じないのである。汚れている、血を流しているとしても何処か嘘くさいのである。まぁそれが今風なのかもしれないけれど。

まぁもう独りの井上雅彦もスラムダンクは面白かったがバガボンドに関しては絵は上手いけどね止まりの作品である。マンガの面白さが無いのである。

今のマンガの問題点があるような気がする。長編志向の作品が増えた結果、ストーリーがつまらなくなっている感じがするのだ。また絵で作品が売れるというのも問題なのだろう。

トータル勝負をしなくなった感じがするのである。
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2009年04月04日

極道兵器

「片腕マシンガール」「フルメタル極道」と書いて思う。このアグレッシブさ、出鱈目ぶり。

石川賢の「極道兵器」じゃないか!!

この漫画は凄いよ。ヤクザの抗争のレベルを遥かに逸脱した展開に度肝をぬかれる筈だ。何かに取憑かれたように行動する者達が大暴れをするのだ。いや石川賢の漫画に出てくる人達は今ではサムイ、ダサイと言われる熱血なのだ、無駄に熱いのである。生きる事に貪欲なのである。この熱さがクセになるのだ。(あと無駄にスケールがデカいのもクセになるのだ、忍者モノが宇宙の存在をかけての戦いまでに展開になる位だからね)

ヤクザなのに片腕マシンガン、サイボーグ、細菌兵器、ビルなんかも倒壊したりする展開に頭はクラクラ、体温は2度は上がるはずだ。沸騰するのだ。三池監督に是非撮って欲しいと思う。エロとバイオレンスと馬鹿!!三拍子そろったモノを撮れるのは三池監督しかない。馬鹿になれる監督はそうはいないのだ。

熱い血潮がたぎる漫画は減っている。昔は漫画に溢れていたが今は溢れていない。確かに少年漫画にはバトルモノがまだまだあるし正義、友情等もある。しかし温度は低くなっている感じがする。多分主人公達が背負っているモノが複雑なのだろう。だからリミッターがかかっているのだと思う。狂う事が出来ないのだ。

馬鹿が生きづらい世の中になったのだろう。馬鹿は増えているにのね。規格外の馬鹿は認めないという悲しい世の中なのかね。
posted by mouth_of_madness at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする